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Front Interview
第1話 第2話
第3話 第4話
Vol.010 株式会社ネットエイジグループ 代表取締役CEO / ネットエイジキャピタルパートナーズ株式会社 代表取締役社長  小池聡第1話 無垢な向上心
コラム(1) パーソナル・データ(1)
「巨人の星」を目指す
 僕は1959年生まれ。同世代の人なら皆、小学生の時はテレビアニメ「巨人の星」に熱中したのではないでしょうか。僕も夢中になって見ていました。もちろん、野球チームにも入っていました。ポジションはショートかピッチャーでした。チームにはピッチングの上手い友達がいたので、普段は彼にピッチャーを任せていましたが、ピンチになると僕が代わってマウンドに立つようなこともありました。
  そして、毎週、土曜日の夜になると「巨人の星」を夢中で見るわけです。番組が終わる午後7時半少し前には、星飛雄馬の目の中で炎がメラメラと燃えて「つづく」というテロップが出ます。そうすると子供ながらも体の中が熱く燃えてくるのでした。我慢できなくなって、また外に飛び出して暗い中ボールを壁にぶつけたりしたものです。そう、一日中野球漬けの少年時代でした。
  なぜそんなにも野球に熱中できたのかというと、僕自身、やりかけたことは何でも最後までできなければ気が済まない性格だったということがあります。野球というスポーツはチームワークも大切ですが、それ以上に個人の力がもっと大切だと信じていました。ですからチームが勝つためには、僕自身が実力をつけなければいけないと考えて一生懸命に練習に励んだのです。

トライアル&エラー
 スポーツは、野球に限らず何でもトライしました。小学生の時は、サッカーで世田谷区の選抜メンバーに選ばれたことがありましたし、とにかくなにごともチャレンジすることが好きで、卓球が流行れば卓球を、高校時代にはバレーボールや柔道もやっていました。ゴルフも父親に誘われて小学校時代から始めました。しかし、テニスだけは手を出さなかったですね。当時から生意気にも硬派を自認していまして、「テニスなんて男のスポーツじゃない」という思い込みがあったからです。
  誰でもそうですが子供の頃は、怖いもの知らずの面があります。僕も中学生の時、確かオリンピックのテレビ中継だったと思うのですが体操競技を見まして、選手が鉄棒で大車輪を決めた姿がとても格好良く思えたのです。「とにかく自分でもやってみたい」「自分ならできる」と居ても立ってもいられなくなってしまったのです。
  結果は散々でした。回転することはしたのですが、着地に失敗し、脳しんとうを起こし腕の骨も折って入院しました。その後、中途半端にしか直っていなかったのに、もう大丈夫だと思いこみリハビリも十分に行いませんでした。それで、腕をねじろうとしてもあるところまでしか回らなくなってしまったのです。これで将来プロ野球の選手になるという夢はあきらめました。今もゴルフはフックグリップになっています。




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