起業家・ベンチャーキャピタル・投資家を繋ぐコミュニティ・マガジン

Front Interview
第1話 第2話
第3話 第4話
Vol.020 IBM Venture Capital Group 日本担当 ベンチャー・ディベロップメント・エグゼクティブ 勝屋 久第1話 熱中時代
コラム(1) パーソナル・データ(1)
少年アカデミズム

 私が育った三鷹市は東京の中でも緑の多い土地で、小さい頃は毎日のように野山を駆け回っていました。小学生時代にはクワガタ捕りに熱中して、毎朝4時頃に起きて外へ飛び出していました。父は教員でしたが、勉強については聞けば教えてくれましたが、勉強しろとか塾に行きなさいとか、強くいわれた記憶はありません。そのようなことも影響していたのでしょう、子供の頃は自由に伸び伸びと育ちました。
  また、子供の頃から疑問に思うと、いてもたってもいられなくなる性格で、授業ではいつも質問をしていました。目立ちたいと思ったわけではなく、今聞かないといられなくなるのです。疑問に思ったことは先生に聞くだけでなく、自分でも一生懸命に調べることもしました。たとえば夏休みの自由研究でナスカの地上絵のことを図書館で一生懸命になって調べたことがあります。あの絵については宇宙人が書いたとか、UFOに向けたサインであるとか、途方もないような説が種々ありますが、それらを調べ上げて堂々と提出しました。
  小中学校時代に特に熱中したのが、絵とギターです。絵は小学校の頃、漫画を描くのがとても上手い友達がいて、それを見て「自分にだってできる」と思いこんだからです。ギターもやはり友達の影響でした。小学校の卒業式の時、友達がフォークギターを弾く姿がとても格好良く思え、中学になってから習い始めたのです。また当時は「かぐや姫」が流行るなどしてフォークギターがブームでしたから、その影響もあったと思います。


スペインに生きたい
 高校までは数学が大好きで、将来は数学の研究者になろうと思い、大学は上智大学理工学部の数学科に入学しました。しかし大学の数学というのは思いのほか難しくて、とても私には歯が立たなかった。当然、研究者になる夢は諦めました。大学に入学してからは、スペインに興味を持つようになりました。きっかけは、中学からはじめたクラッシックギターとスペイン音楽でした。音楽だけではなく、スペインは、歴史に関する本を読んだり、エルグレコ、ガウディなどの美術や建築に惹かれ、歴史や文化が好きになりました。
  理工学部の学生なのに外国語学部のスペイン語学科の先生に頼み込んで授業を取らせてもらったり、夜も語学学校に通ってスペイン語を学んだりしました。一時は「人生をスペインに賭けよう」とまで思い詰めていました。ある日、授業を受けていたスペイン語学科の先生に「スペインに留学させてください」と直訴したのですが、先生からは「まだまだ勉強しなければいけないことがある」、時期尚早と説教されてしまいました。それでも私は食い下がりました。とうとう、先生はホームステイ先を紹介してくれました。スペインのサンタンデールという日本人が1人もいない田舎町で2カ月間のホームステイプログラムに参加しました。土地の人々はみんな優しくて、こちらの思いを汲んでくれるので、言葉はわからなくても、こちらに伝えようとする気持ちさえあれば、通じるものだということを学びました。おかげで、今は外国人に対する恐怖感といったものはまったくなく、どこの国の人でも普通におつきあいできます。いまの仕事でこの経験はとても大きかったです。
  大学時代、もう一つ熱中したものがあります。それがダンスでした。人生を賭けるものをコロコロ変えてはいけないのでしょうが、一時はダンスを職業にすることも考えていました。私の親戚に振付家の坂上道之助(故人)がいます。NHKの番組「ステージ101」でダンスを踊っていて、その後NHKの「おかあさんといっしょ」やミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」などの振付をしていました。私が「ダンスを職業にしたい」と話したところ、「久はセンスがないから無理だよ」といわれてしましました。この一言でダンスを職業にすることを諦めました。





HC Asset Management Co.,Ltd