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Vol.021 株式会社アドウェイズ 代表取締役社長CEO 岡村陽久第4話 人儲け
コラム(4) パーソナル・データ(4)
集団から組織へ
 アドウェイズを会社組織にしたのは2001年の2月です。2002年には大阪から東京に本社を移しました。幸い東京進出後のアドウェイズは仕事も順調で、どんどん社員は増えていきました。ところが社員数が25〜35人ほどになってくると自分一人で社内を見るには無理があると感じるようになりました。
 そこで取締役として来てもらったのが松嶋良治(アドウェイズ取締役COO)です。松嶋と知り合ったのはアドウェイズが東京に出て来てからです。当時の松嶋はプロモーションズという会社で働いていました。私は営業の仕事の経験から、できる人間が発するオーラを感じ取ることができましたが、松嶋は、まさにそのタイプの人でした。ですから是非一緒に仕事がしたくて「アドウェイズに来てください」と機会あるごとに口説いていました。
 松嶋が来てからアドウェイズの社内はがらりと変わりました。それまで私自身は事業のことしか考えていませんでしたので、人の意見を聞く余裕もありませんでした。社員のことや社員の意志、モチベーションなどまったく考えてもいなかったのです。また、給与のシステムさえ決まっていませんでした。
 松嶋は、まず社員のモチベーションをいかに上げていくかを考え、たとえば目標を達成するとパーティを開いたり、社員の誕生会を企画したりと様々な改革を断行しました。また、人事評価の制度を決め、目標を達成したら給料がこれだけ上がると社員がはっきりとわかるようにしました。おかげで営業成績も上がりました。と同時に、松嶋から経営のことを学ぶことができました。

上場宣言
 私は2001年から周囲に「上場する」ことを公言してきました。上場がどんなものかを具体的に知っていたわけではなかったのですが、目標として常に言い続けてきました。「上場を目指すなら監査法人を使ってしっかりした管理体制を作りなさい」とアドバイスをいただいたのが、朝日監査法人(現あずさ監査法人)にいらした、アントレプレナー育成でも知られた鈴木邦明さん(現アドウェイズ監査役・株式会社イーサーブ代表取締役)で、設立1年目から監査を依頼したのです。その当時オフィスはまだワンルームマンションでした。
 上場のためにはベンチャーキャピタルの方々と協力体制を作るといいだろうということだったので、2004年の10月に伊藤忠テクノロジーベンチャーズ、オリックスキャピタル、みずほキャピタルから投資をしていただきました。
 最初は2005年の8月を目標に上場準備を進めていきました。社内の管理体制も整ってきましたし、売上高・利益ともに計画を上回るなど、上場基準を次々とクリアしていきました。私自身が上場で一番のハードルが証券会社の審査だと思っていましたが、それもなんとか通りましたので「これで上場できる」と喜んでいました。

上場審査模擬試験
 そして、最後は証券取引所の審査です。審査といっても、こちらはせいぜい挨拶程度だろうと思っていたのです。しかし実際は違いました。審査官の方から「ストックオプションについてはどう考えていますか」、「コーポレートガバナンスについてはどう考えていますか」といった質問を受けたのです。
 私の頭の中は営業のことばかりで、経営についてはほとんど勉強してこなかったものですから、その質問に対して、満足に答えることができませんでした。審査官の方は呆れるばかりで、「このままでは上場企業の社長として正しい判断はできませんね」とおっしゃり、最後の最後で上場審査の結果は「保留」となり、上場は延期となってしまいました。
 そこで、次の面接に向けて本格的に勉強を始めました。証券会社からは家庭教師を派遣していただき、4カ月間ほど経営の基礎からみっちりと学びました。伊藤忠テクノロジーベンチャーズの方たちにも想定問答集を作っていただき、模擬審査までしました。
その甲斐あって、2006年6月20日、無事、上場を果たすことができました。この時の年齢が26歳2カ月で、上場時の社長の最年少記録を塗り替えたと話題になりました。



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